夫婦?の日常(猿美)
あと数センチだった。
あと数センチ、俺が右にズレていたら間違いなく俺の左手足は吹き飛んでいた。
ストレイン共が拠点としている倉庫に行ってみれば、情報と大分違う構造とやっかいな仕掛けのオンパレードだった。
しかもストレインの姿は無く、仕方ない帰るかと思った矢先の大爆発。
爆発が起きた時、その仕掛けの真横に俺がいた。
咄嗟に防御壁を張ったので被害と言えば髪や衣服が多少焦げただけだ。
今までの俺なら舌打ち一つで終わる程度の事だ。
だが、今回は違った。
砂埃が薄くなり、足元に広がる倉庫の残骸を見てゾッとした。
もし、今の爆発で俺が死んでいたら。
そんな妄想が頭を過ぎる。
手足が吹っ飛んだ俺の死体を見て、美咲はどんな顔をするだろう。
泣き叫ぶだろうか、それとも泣くことも出来ずに呆然とするだろうか。
どっちにしろ嫌だ。そんな思い美咲にさせたくない。
けど、もし俺が先に死んだら美咲は法律上はただの同居人でしかないから相続権なんてものは無い。
大した物は無いけど、俺は金も株もマンションも全部美咲に残してやりたい。
ああ、そうだ。
この仕事じゃ万が一の事が起こりうるのだから、そういう事も考えなきゃならないのか。
「伏見さん!!!大丈夫ですか?!!」
駆け寄って来た日高の声にハッと我に返ると軽く頷き、仕事に戻った。
倉庫は爆破されたが、目星を付けていたポイントにいたストレイン共を秋山達が確保し思ったよりこの件は早く片付いた。
「…‥と、言う訳で今後は尋問で他の関与が疑われているグループの特定を行う予定です」
「ふむ…‥解りました。ご苦労様でした」
「じゃあ、今日は上がりますんで」
「伏見くん」
「はい?」
「怪我は無かったと聞きましたが少し顔色が悪いようですので、ゆっくり休んで下さいね?」
「はぁ…‥どうも」
室長室から出ると淡島副長に先上がります、と声を掛けると何か言われる前に歩き出した。
マンションとかは先に名義変更しておこうか。美咲の名義の口座を新しく作って定期的に送金するか。
そもそも俺が死んだら美咲はあのマンションから出て行くんじゃないか。
「…‥それも嫌だな」
俺と美咲が築き上げてきた思い出が幾つもあるあの場所が、他の誰かの手に渡るのは気に入らない。
と言うか、美咲が俺が全く知らない奴と出逢って付き合ったり結婚するかもしれない。
その頃には俺はいないし何も出来ないし、美咲にしてやれる事なんて無いけど、だけどそんなの嫌だ。
俺以上に美咲を愛してる奴も幸せに出来る奴もこの世界にいるはずが無いのに。
美咲の隣に俺以外の奴がいる、そんな可能性があるなんて許せない。まだ死んでないけど悔しい。
「あー…‥死にたくねぇな」
いつ死んだってよかった。
別にこんな世界に執着なんて無かった。
それが美咲と一緒になってからは急に死ぬのが怖くなったなんて笑える。
変わったな、俺。
くだらない事をグダグダ考えながら歩いていたらもう部屋の前まで来ていた。
鍵を差し込みドアを開けると、リビングから光が漏れていた。
「ただいま」
「おう、おかえりー!飯すぐ出来るけど……先風呂入るか?なんかスゲー疲れた顔してんぞ」
「うん……そうする」
「…‥お疲れさん」
美咲はソファーから立ち上がり俺の頭を撫でる。
何故か泣きそうになったのでそのまま黙って風呂場に行った。
シャワーを浴びている時も、湯船に浸かっている時も頭の中は俺が死んだ後に美咲が他の誰かと一緒になる妄想ばかり溢れて来て若干泣いた。
心臓が締め付けられる。
何で、俺はこんな妄想で泣いてるんだよ。馬鹿みてぇ。
「っ…‥美咲」
美咲を残して死にたくない。
誰にも渡したくない。
愛してる。
怖い。
「猿比古ぉー??まだ出ねぇの?」
「っあ?!!もっ、もう出る!!!」
「じゃあ、飯温めるわ。早く着替えて来いよ」
ドア越しに聞こえてきた美咲の声に慌てて湯船から出ると着替え、髪を粗方乾かすと何度も顔を洗った。
リビングに戻り、用意された夕飯に箸を付ける。前に座った美咲がニコニコしながらこのジャガイモがどこ産やら豚肉が安かったやらたわいのない話をしてくる。いつもはその顔や会話に癒やされるのに今日はただ辛い。
食事もあまり喉を通らず、美咲に要らない心配をかけてしまった。
美咲が食器を洗っている間、俺はソファーに座りクッションを抱き締めていると、暫くして食器を洗い終えた美咲が俺の隣りに腰を下ろした。
「疲れてんだろ?今日はもう寝た方がいいんじゃねぇの?」
「ん…‥」
「ったく…‥シケた面しやがって」
トントンと美咲が自分の膝を叩く。
俺はクッションを抱えたまま美咲の膝に頭を乗せた。俺の髪を撫でながら微笑む美咲を見ていたまた涙が溢れてきて、持っていたクッションを顔に当てた。
「…‥なんかあったのか?」
「・・・」
「言いたくないならいいけど…‥まぁ、元気出せよ」
「…‥美咲」
「んー?」
「今日…‥俺、死にかけたんだ」
馬鹿、言うなと思った時にはもう口から出てしまっていた。
ああ、何やってんだよ最悪だ。
そう思いながらも口はつらつらと情けない言葉ばかり吐き出していく。
「怪我は無かったけど、後少しズレてたら左の手足吹っ飛んでたかもしれない」
「ま、マジかよ…‥怪我しなくて良かったな」
「それで思ったんだけどさ…‥もし、俺が死んで…‥そしたら美咲は誰かと付き合うかもしれないじゃん」
「はぁ?んだよそれ」
「とりあえず聞き流してくれ…‥俺だって何でこんなカッコ悪い事言ってんのか訳わかんねぇんだよ」
「おっ、おう…‥」
「俺が居なくなった世界で、美咲が俺以外の奴と幸せになると思うと辛い…‥嫌なんだよ。死んじまえば俺は美咲何にもしてやれないし、寂しい思いもさせるって解ってる…‥けど、嫌だ」
「猿比古…‥」
「なぁ、美咲…‥嘘でいいから俺が死んでも他の奴と付き合ったりしないって言ってくれよ…‥ねぇ、頼むから言って」
「…‥お前って本当に馬鹿だな」
「うるせぇな…‥美咲にだけは言われたくない」
「そんなくだらねぇ事グチグチ考えてないでちゃんと三食食って、野菜食べて健康的な体作ったり剣の訓練とかきっちりやって強くなる努力しろよ」
「・・・」
「それ全部やった上で死んじまったら…‥その時は約束してやるよ」
「…‥最近はちゃんと野菜食ってんじゃん」
「残業してる時は飯食ってないだろ?食ってもインスタントで野菜なんて食ってねぇんだから、せめてあと5キロは体重増やしてから言え」
「5キロ増やしたら美咲が辛くなるぞ」
「何で?」
「今だって乗っかると重いって言うくせに…‥まあ、体重掛けた方が逃げられなくていいけど」
「オイ、何の話だ」
美咲が俺の顔からクッションをどかすと俺の額にデコピンを喰らわして来た。
イテッ、と思わず声を出すと美咲がクスクスと笑う。
この顔だ。この顔をずっと見ていたい。
失いたくない。俺の、美咲。
「まあ、せいぜい努力しろよ。俺は別にお前の片手が無かろうが足が無かろうが別にいいし…‥生きてればなんとかなるからな」
「美咲…‥」
そうか、美咲はこの手で、腕で、十束さんの死を看取ったんだ。
生きてれば、か。確かにそうだ。死んだ後の事考えるより生きてるうちに出来る事考えた方がずっと生産的だ。
本当に、今日は俺美咲より馬鹿だ。
「て事で、俺は寝るけど…‥まだグダグダ言ってたいなら此処にいろよ」
「寝る」
「あっそう」
「俺さ」
「ん?」
「美咲より先に死なないように頑張る」
「おっ、おう…‥そうか」
「安心しろ、お前が死んだら諸々の処理を済まして直ぐに後を」
「そう言う重いのはヤメロ!!!」
「何で」
「何でじゃねぇーよ!!!あーもー…‥とっとと寝るぞ!!」
「うん」
美咲に手を引かれながら寝室へ向かう。
とりあえず明日から日高辺りを相手にして訓練の量を増やそう。
俺は美咲を残して死にはしない、アイツ等とは違う。
何があっても生きる。どんなに惨めでみっともなくてもいい。
生きて、美咲の所に戻ろう。
ベッドに入り、数分で寝息をたてる美咲の頬にキスをすると目を閉じた。
END.